「と」で二つの単語を結んだタイトルに、「だから、何?」とすぐに突っ込まれるような気がした。関西にいるからかもしれない。「と、って何やねん?」
しかし、である。"建築と彫刻の融合"とか"レンゾ・ピアノと新宮晋とのコラボレーション"とか、そんな風に限定する言葉を後に続けるのは、どうもそぐわないような気がしたのだ。言葉は何かを定義づけ限定するものだが、反して、限定や限界のない広がりこそが、この二人の特性と思われるからである。
この度、大阪中之島美術館で開催された「Parallel Lives 平行人生 ― 新宮晋+レンゾ・ピアノ」展では、建築家と彫刻家に、映像作家グループのスタジオ・アッズーロも加わって、この三者が三様に展覧会に関わり、最終形が仕上がっていった。レンゾ・ピアノ氏は建築模型、新宮晋氏は彫刻作品と作品の元となったプロトタイプを出品し、スタジオ・アッズーロはピアノ氏と新宮氏の作品を元にした映像作品を、展示室内のインスタレーションを想定し製作した。最終形を、誰か一者が決定しディレクションしたのではなかった。それぞれにアイデアやイメージを持ち寄って、最上のものを目指した結果として、展示空間が出来上がったのである。共に展覧会を作り上げた伴走者として、確かに証言する。
「Parallel Lives 平行人生 ― 新宮晋+レンゾ・ピアノ」展 展示会場(2023年7月13日-9月14日、大阪中之島美術館)
「Parallel Lives 平行人生 ― 新宮晋+レンゾ・ピアノ」展 展示会場(2023年7月13日-9月14日、大阪中之島美術館)
これは自分のアイデアだ。そのアイデアが誰かに盗られるかもしれない。誰かが支配者になって、自分のアイデアを変えてしまったり却下したりするかもしれない――クリエーターはこんな風に危機感を持って打合せに臨む。だから、アイデアを出すタイミングは駆け引きの連続。クリエーター同士のコラボレーションは、対等であり、それぞれがプロフェッショナルとして信頼を寄せながらも同時にライバルであるからこそ、最終的なクオリティが上がるのだと思う。"~と~との融合"や"~とのコラボレーション"という言葉でさらっと片づけて、あたかもそこに最初からアプリオリな友好関係があったというような、あるいは、もしないならば目指すべきだ、といったような、そういった類の"ぬるさ"とは違う。
新宮氏は、画家として出発し、ローマ留学時代に立体作品の制作に目覚めて以降、彫刻家として今日まで世界的に活躍されている。同展で紹介させていただいた新宮氏の彫刻作品をピアノ氏の建築との関係性で分類するとすれば、次の四種類となる。彫刻が建築内部に機能するもの/ 建築プロジェクトの一部となっているもの(ジェノヴァ港のプロジェクト)/ 建築に付随しているもの/ 付随していないもの(中庭などに設置)の四つである。この一つ目の、建築内部に機能するものの例が、関西国際空港旅客ターミナルビルである。
ジェノヴァ港再開発プロジェクト。ジェノヴァ港側からの全景 2022年撮影
ピアノ氏による構造体「ビゴ」2022年撮影
海からの風を受けて動く新宮氏の彫刻《コロンブスの風》 2022年撮影
「ビゴ」の展望エレベーターからのジェノヴァ港再開発プロジェクト全景 2022年撮影
関西国際空港旅客ターミナルビルの作品は、ピアノ氏と新宮氏が出会ったきっかけになったものとしても重要だ。ピアノ氏が空気の流れの形状をした屋根の下に、その空気の流れを視覚化できるようにと、新宮氏に風で動く彫刻の制作を依頼したのである。作品名は「はてしない空」。これから飛行機で飛び立つ旅人の心を明るくし希望に満ちさせる、なんてすがすがしいタイトル。たおやかな動きのみならず、テフロン膜でできたフロアの天井に「浮かぶ影」も美しい。この「浮かぶ影」によって、フロアの方から天井に向けた照明が、テフロン膜にあたって間接照明の役割を果たすというレンゾ氏のさらなる工夫と4F国際線出発フロアの特徴を、ひそやかに知らしめてもいる。
関西国際空港旅客ターミナルビル 4F国際線出発フロア。フロア天井に影を落とす《はてしない空》 2023年撮影
三番目の分類にあたる建築に付随した彫刻の例としては、銀座メゾンエルメスのソニー通りに面した彫刻《宇宙に捧ぐ》がある。ネオンの眩しい繁華街の中で灯るランタンのイメージで構想された、全面ガラスブロックで作られたピアノ氏の建物の外壁と、輝きながらゆったり動く銀色の彫刻作品がそれである。
新宮氏の彫刻《宇宙に捧ぐ》 2023年撮影
晴海通りから 2022年撮影
ソニー通りに面したファサード 2022年撮影
ピアノ氏は常に太陽の動きを計算して建築を設計されており、銀座メゾンエルメスにおいても太陽の軌道を、ピアノ氏がいつも使われる緑色のペンでスケッチした。ビルが密集した銀座においては、太陽が空高く位置するときのみ、ビルに太陽光が降り注ぐ。銀座メゾンエルメスの建築の特徴である屋根の抜けた連結部――ここに縦長に、屋上から建物のエントランス上部にまで設置された彫刻は、空の光を天から直接浴びる。そして夜になると、ガラスブロック越しの室内灯「ランタンの灯り」を反射するのみならず、宇宙から降りそそぐ月明りや星々の輝きも宿って発光するのである。一日を通して幾重にも奏でられる建築と彫刻の、絶え間ない光の共鳴。
銀座メゾンエルメスの美は、建築家と彫刻家がそれぞれに独立したクリエーターとして何かひとつの完全なるものへと向かった、その結実に他ならない。
広島県出身。大阪大学大学院美学研究室にてジオ・ポンティ研究を行い、その調査のためイタリア政府給費奨学生としてミラノ工科大学建築史学科に留学。川崎市市民ミュージアム学芸部門長を経て、大阪新美術館建設準備室(現大阪中之島美術館)主任学芸員。学芸員として企画した展覧会は「スタジオ・アッズーロ ― Kataribe」展(2012年)、「ロートレックとミュシャ ― パリ時代の10年」(2022年)、「Parallel Lives 平行人生 ― 新宮晋+レンゾ・ピアノ」(2023年)など。